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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)801号 判決

控訴人 高野英三郎

被控訴人 菅原神社

右代表者代表役員 池田正一

右訴訟代理人弁護士 蝶野喜代松

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

成立に争のない甲第一〇ないし第一二号証、原審証人田中庄一郎の証言、原審における被控訴人代表者池田正一本人尋問の結果(第一、二回)、弁論の全趣旨を総合すると、次の一ないし三の事実を認めることができる。

一、天神温泉(元商号を多聞興業株式会社と称していたが、昭和三〇年八月三日天神温泉興業株式会社と変更した。)は、昭和三〇年三月七日兵庫相互から被控訴人の(一)主張の約定で一二八六万四六〇〇円を借り受け、右債務を担保するため本件家屋に第一順位の抵当権を設定し、同月一一日その登記を経由し、同年一〇月二〇日右債務に関し本件家屋につき代物弁済の予約をし同月二四日所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。

二、天神温泉は、昭和三〇年一〇月、一一月の各二八日に兵庫相互に支払うべき分割弁済をしなかつたので約定により分割弁済の利益を失い、昭和三二年九月一六日現在兵庫相互に対し相互掛金債務九九一万四八〇〇円、損害金三二五万六七四九円合計一三一七万一五四九円の債務を負担し、右債務を承認していた。

三、被控訴人は、昭和三二年九月二一日兵庫相互から右債権及び本件家屋に対する前記仮登記上の権利を代金一〇〇〇万円で譲り受けるとともに、同日天神温泉から右仮登記の原因である代物弁済予約に基き本件家屋につき代物弁済による所有権を取得し、同年一一月一九日右仮登記の権利移転と右代物弁済による所有権移転登記を経由した。

右認定によると、被控訴人は、本件家屋の所有者であることが明らかである。

控訴人が昭和三一年七月一日天神温泉から本件家屋の内階下東北隅の店舗約一〇坪を賃借し、現にこれを占有していることは当事者間に争がない。

控訴人は、右賃借権を以て天神温泉から本件家屋の所有権を承継取得した被控訴人に対抗することができると主張するので考える。既に認定したところにより明らかなように、被控訴人は、昭和三〇年一〇月二四日本件家屋につき代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由した仮登記の権利を譲り受けた承継人で、右仮登記の原因である代物弁済予約に基く代物弁済により天神温泉から本件家屋の所有権を取得し、昭和三二年一一月一九日その本登記を経由し、控訴人は、右仮登記後本登記前に本件家屋の内階下東北隅の店舗約一〇坪を賃借しその引渡を受けたのである。このような場合本登記を経由した所有権と賃借権との関係につき考えるに、仮登記はこれに基く本登記の順位を保全する効力があり(不動産登記法第七条第二項)、その効力は同法第二条第一項第一号によるものであると、同項第二号によるものであるとによつて差異はない。仮登記に基く本登記がなされた場合には、仮登記に本登記の順位保全の効力がある結果、右本登記は仮登記後本登記前になされた中間処分を原因とする登記に優先し、右中間処分は仮登記に基く本登記の権利と牴触する範囲でその効力を失うか後順位となるものと解するのを相当とする。右中間処分が建物につきなされた借家法の適用のある賃貸借で、建物の引渡があつた場合も同様に解すべきである。何となれば、右賃貸借において建物の引渡があれば、その賃借権は物権的効力を有するに至り、賃貸借はその後に右建物の所有権を取得した者に対し効力を生ずるのであるが、このように物権的効力を生じ得る賃貸借においても、その賃借権を登記を経由した賃借権又は物権以上に保護する法律上の根拠はないからである。本件につき考えるに、控訴人は、本件家屋につき前記のような仮登記がなされた後であつて本登記前の昭和三一年七月一日天神温泉から本件家屋の内階下東北隅の店舗約一〇坪を賃借し、その引渡を受けた(賃借権の登記があつたことについては主張立証がない。)のであるから、被控訴人が前認定のとおり仮登記の原因である代物弁済予約に基く代物弁済により本件家屋の所有権を取得し、本登記を経由した以上、前記理由により控訴人の賃借権は効力を失い、右賃借権を以て被控訴人に対抗することができないことが明らかである。控訴人の右主張は採用できない。

控訴人は控訴人主張の(二)の事情の下においては、控訴人が前記賃借権を被控訴人に対抗できないと解することは失当であると主張するので考える。被控訴人が天神温泉を通じて控訴人を追い出す手段として本件家屋の所有権を取得したとの主張事実を認めるに足る証拠はなく、かえつて、前記認定事実により明らかなように、被控訴人が一〇〇〇万円で前記債権と仮登記上の権利を譲り受けた上天神温泉から代物弁済により本件家屋の所有権を取得した事実から考えると、被控訴人は控訴人主張の目的で右所有権を取得したのでないことが明らかである。その余の控訴人の主張事実を認めるに足る証拠がないばかりでなく、仮に右主張事実があつたとしても、右事実は、前記説明のように控訴人の前記賃借権を被控訴人に対抗することができないものと解することを妨げるものではない。控訴人の右主張は採用できない。

そうすると、控訴人は本件家屋の所有者である被控訴人に対抗する権原がないのに本件家屋の内階下東北隅約一〇坪を占有していることが明らかであるから、被控訴人に対し右占有部分を明け渡す義務がある。従つて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法第三八四条によりこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 熊野啓五郎 裁判官 岡野幸之助 山内敏彦)

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